恋愛科学の転換点
恋愛において、私たちは長らく「誰を選ぶか」という問いに囚われてきた。
性格の不一致、収入の格差、あるいは容姿の好み。これらの個人的な属性が、二人の将来を決定づけると信じられてきたからだ。
しかし、その常識を覆す大規模な研究結果が報告された。
カナダ・ウェスタン大学のサマンサ・ジョエル博士を中心とする国際研究チームは、機械学習(AI)を用いた前例のない規模の解析を実施した。
彼らが明らかにしたのは、恋愛関係の満足度を予測する上で、個人の属性は驚くほど影響力が小さいという事実である。
本稿では、米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載されたこの研究の詳細を紐解き、恋愛のメカニズムをデータに基づいて詳報する。
1万人超のデータを統合解析
心理学の分野ではこれまで、特定の要因(例:不安傾向や愛着スタイル)が恋愛に及ぼす影響を調べる小規模な研究が主流であった。
しかし、これらの要因を一度にすべて考慮し、何が最も重要かを比較することは困難であった。
ジョエル博士らのチームは、この課題を解決するために「機械学習(ランダムフォレスト法)」を採用した。
これは、膨大な変数の中から、予測に最も寄与する重要因子をAIに自動選別させる手法である。
【研究の対象と規模】
- 参加者数:11,196組のカップル
- データセット:43の異なる研究データを統合
- 地域:アメリカ、カナダ、オランダ、イスラエルなど多国籍
- 期間:数ヶ月から数年にわたる縦断調査を含む
- 年齢層:20代から高齢者まで幅広い層をカバー
研究チームは、参加者から得られた数百種類の変数を、大きく二つのカテゴリーに分類した。
1つ目は「個人的特徴(Individual Characteristics)」である。
これには年齢、性別、収入、教育レベル、性格特性(ビッグファイブ)、不安傾向、愛着スタイルなどが含まれる。要するに、その人が「一人でいるときにも持っている性質」のことだ。
2つ目は「関係性的特徴(Relationship Characteristics)」である。
これには相手への信頼、愛情表現、性的満足度、対立の頻度、相手からのサポートの実感などが含まれる。これは「二人でいるときに初めて生まれる性質」を指す。
AIはこれらの変数を組み合わせ、何が現在の「関係満足度」を最も正確に予測できるかを計算した。
「誰であるか」の影響力はわずか5%
解析の結果、衝撃的な事実が判明した。
関係の満足度を予測する上で、「関係性的特徴」は極めて強力な予測因子となり、満足度の変動(分散)の約45%を説明することができた。
一方で、「個人的特徴」だけで説明できたのは、わずか21%に留まったのである。
さらに興味深いデータがある。
「個人的特徴」のデータに「関係性的特徴」のデータを加えても、予測精度はほとんど向上しなかった。
具体的には、個人の性格や収入といった情報をすべて知っていたとしても、そこに関係性の情報(信頼や愛情など)を加えた際の上乗せ効果は最大でも5%程度しかなかったのだ。
これは、個人のスペックや生来の気質が、恋愛の幸福度において「誤差」に近いレベルの影響しか持たないことを示唆している。
「神経質な人は恋愛がうまくいかない」「収入が高いと安定する」といった通説は、データ上では主役になり得ないことが証明されたわけだ。
満足度を決定づけるトップ5の要因
では、具体的にどのような要素が私たちの幸福度を左右しているのか。
AIが特定した、関係満足度を予測する「最も強力な変数トップ5」は以下の通りである。
- パートナーのコミットメントの実感
(相手がこの関係に本気であると信じられるか) - 感謝の念
(相手へのありがたみを感じているか) - 性的満足度
(セックスの質や頻度に納得しているか) - パートナーの満足度の推測
(相手も幸せそうだと感じているか) - 対立の頻度と質
(喧嘩の多さや解決の仕方)
これらはすべて、二人の間の相互作用によって生じる「動的」なものである。
一方で、個人的特徴の中で比較的上位に来たのは「生活への満足度」「否定的感情(不安や鬱)」「愛着回避(親密さを避ける傾向)」などであったが、その予測力は関係性的特徴には遠く及ばなかった。
また、意外なことに「性格の一致」や「趣味の共有」といった要素は、このランキングの上位には入っていない。
似た者同士であるかどうかも、幸福度を測る物差しとしては機能していないことが明らかになった。
研究が示す「関係構築」の優位性
このデータが私たちに突きつける事実は、非常に重い。
私たちはパートナーを探す際、どうしても「個人的特徴」に目を向けがちである。
マッチングアプリのプロフィール欄には、年収、身長、性格タイプ、喫煙の有無などが羅列され、私たちはそれらを頼りに相手を選別する。
しかし、ジョエル博士の研究によれば、そうした「カタログスペック」は、実際に付き合った後の幸福度をほとんど予測しない。
どれほど理想的な条件を備えた相手であっても、その二人の間に「信頼」や「感謝」という回路が形成されなければ、満足度は上がらないのである。
逆に言えば、個人の性格に多少の難(不安傾向が高い、内向的すぎる等)があったとしても、二人の間に健全な相互作用があれば、幸福な関係は十分に成立するということだ。
研究チームは論文の中で次のように結論づけている。
「恋愛関係において、私たちが『誰』を選ぶかは、私たちが『どのような関係』を築くかに比べれば、些細な問題に過ぎないのかもしれません」
私たちが今日からできること
この研究結果を実生活に適用するために、以下の視点を持つことが推奨される。
-
スペックの減点法をやめる
相手の収入や性格の欠点を探すのではなく、「一緒にいるときの安心感」や「会話のリズム」に注意を向ける。条件面での足切りは、幸福な未来を予測する役には立たない。 -
相互作用を育てる
「感謝を言葉にする」「相手の本気度を信じる」といった行動は、関係性的特徴のスコアを直接的に向上させる。これらは変えることのできない性格とは異なり、意図的な努力で改善可能な領域である。 -
関係のメンテナンスを優先する
問題が起きた際、それを「相手の性格のせい」にするのではなく、「二人のコミュニケーションのエラー」として捉え直す。性格を変えることは不可能に近いが、対話のパターンを変えることは可能である。
引用
Joel, S., Eastwick, P. W., Allison, C. J., Arriaga, X. B., Baker, Z. G., Bar-Kalifa, E., ... & Wolf, S. (2020). Machine learning uncovers the most robust self-report predictors of relationship quality across 43 longitudinal couples studies. Proceedings of the National Academy of Sciences, 117(32), 19061-19071.
https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.1917036117
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