はじめに:離婚理由1位の「虚構」
「性格の不一致」。
日本の司法統計において、離婚申し立ての動機として常に不動の1位を占める言葉だ。
多くの男女が、関係が破綻した際にこの言葉を口にする。
「彼とは根本的に合わなかった」
「彼女とは価値観が違いすぎた」
しかし、最新のデータサイエンスと心理学の融合が、この常識に対して冷徹な審判を下した。
科学的な結論から言えば、パートナーシップの満足度において「性格の相性」は、ほとんど誤差の範囲でしか影響しない。
我々は「相性が悪い」から別れるのではない。
別の決定的な要因を見落とし、それを安易に「性格」のせいにしているに過ぎないのである。
今回は、1万人以上のカップルデータを解析した大規模研究を紐解き、関係維持の真実を解説する。
研究の要旨
- 機械学習を用い、1万人以上のカップルデータから「関係の質」を予測する要因を解析。
- 「個人の性格(外向性や神経症傾向など)」が幸福度に与える影響は極めて微小であった。
- 「二人の関係性(どう関わっているか)」という動的な変数が、予測精度の約45%を占めた。
研究手法の検証:1万組のデータを機械学習で解剖する
今回取り上げるのは、ウェスタンオンタリオ大学のサマンサ・ジョエル博士(Samantha Joel)らが率いる国際的な研究チームが、2020年に米国科学アカデミー紀要(PNAS)で発表した記念碑的な研究である。
本研究の特筆すべき点は、その圧倒的なスケールと、従来の手法とは一線を画す解析アプローチにある。
1. 参加者の規模と属性
研究チームは、過去に行われた世界中のカップル研究から、質の高い「43の縦断的データセット」を統合した。
これにより、合計で11,196組のカップルという膨大なサンプルサイズを確保することに成功している。
参加者の属性は多岐にわたり、交際期間は平均数ヶ月の初期カップルから、結婚して数十年の夫婦までが含まれる。
年齢層も20代から60代以上まで幅広く、特定の世代や文化圏に偏らない普遍的な傾向を導き出すための土壌が整えられた。
2. 比較された変数と解析手法
研究の目的は、「何が現在の関係満足度を予測し、何が将来の別れを予測するのか」を特定することだ。
そのために、研究者たちは以下の2つのカテゴリーに分類される数多くの変数を投入した。
【カテゴリーA:個人の特性(Individual Differences)】
これは「その人が誰であるか」を示す静的なデータだ。
具体的には以下の項目が含まれる。
- 年齢、性別、収入、教育レベル
- ビッグファイブ性格特性(誠実性、外向性、協調性、開放性、神経症傾向)
- 愛着スタイル(不安型、回避型)
- 抑うつ傾向や自尊感情
【カテゴリーB:関係特有の変数(Relationship-Specific Variables)】
これは「二人がどう関わっているか」を示す動的なデータだ。
- パートナーへの信頼感
- 愛情表現の頻度
- 性的満足度
- 葛藤解決のスタイル
- 相手への感謝の念(Appreciation)
解析には「ランダムフォレスト(Random Forest)」という機械学習アルゴリズムが採用された。
これは、無数の変数の中から最も予測能力の高い要因をあぶり出すのに適した手法であり、人間の主観的なバイアスを排した純粋なデータ駆動型の結論を導くことができる。
具体的データの提示:性格の一致率は「無意味」である
機械学習が弾き出した結果は、性格重視の婚活市場やマッチングアプリのアルゴリズムに冷や水を浴びせるものであった。
衝撃の数値結果
関係の満足度(Quality of Relationship)の分散(バラつき)をどれだけ説明できるかを示した数値(決定係数に近い概念)において、以下の差が明らかになった。
1. 個人の特性(性格など):約5%
驚くべきことに、年齢、学歴、収入、そして性格特性といった「スペック」や「個人の資質」は、関係の良し悪しのわずか5%程度しか説明できなかった。
2. 関係特有の変数(相互作用):約45%
一方で、信頼や感謝、対立への対処法といった「二人の間のダイナミクス」は、関係満足度の約45%を説明した。
つまり、関係の良し悪しを決定する要因において、「誰と付き合うか」よりも「どう付き合うか」の方が、統計的には約9倍も重要だったのである。
さらに、研究チームは「性格の類似性」についても検証を行った。
一般に「似た者同士はうまくいく」と言われるが、本解析においてパートナー間の性格の一致率は、関係の満足度に対して統計的に有意な予測能力をほとんど持たなかった。
「几帳面な人には几帳面な人が合う」
「外向的な人には内向的な人が合う」
これらはすべて、科学的には根拠の薄い俗説に過ぎないことが示唆されたのである。
結果からの発展:「性格の不一致」という逃げ道を断つ
この研究結果は、我々の恋愛観や結婚観にコペルニクス的転回を迫るものだ。
我々は関係がうまくいかなくなると、すぐに相手の「性格」を分析し始める。
「彼は自己中心的だ」
「彼女はヒステリックだ」
そして、「もっと性格が合う人が世界のどこかにいるはずだ」という幻想を抱き、関係をリセットしようとする。
だが、データは残酷な真実を告げている。
あなたが次のパートナーとして「性格が完璧に合う人」を選んだとしても、二人の間に構築される「相互作用のシステム」がバグを起こしていれば、満足度は上がらないのだ。
注力すべき3つの変数
では、性格のマッチングよりも重要な「関係特有の変数」とは具体的に何か。
同研究において、最も予測力が高かった上位の因子は以下の通りである。
1. パートナーの応答性(Perceived Partner Responsiveness)
自分が困っている時や喜びを共有したい時に、相手がどれだけ関心を持って反応してくれるか。
「性格が合うか」ではなく「反応してくれるか」が最重要指標である。
2. パートナーへの信頼(Trust)
相手が自分を裏切らない、支えてくれるという確信の度合い。
3. 感謝の念(Appreciation)
相手の存在や行動を当たり前と思わず、価値を認めているか。
これらはすべて、生まれ持った気質ではなく、日々のコミュニケーションによって増減するパラメータである。
「性格の不一致」という言葉は、思考停止の産物でしかない。
それは、自分たちの間の「応答性の欠如」や「感謝の不足」という、努力で改善可能な課題から目を逸らすための免罪符として機能している可能性がある。
これからパートナーを探す読者、あるいは現在のパートナーとの関係に悩む読者は、相手の「スペック」や「性格診断の結果」を見るのをやめるべきだ。
代わりに、以下の問いを立ててほしい。
「我々は、互いの呼びかけに応答できているか?」
「不一致が生じた際、それを調整するシステム(会話の作法)を持っているか?」
運命の相手を探すのではなく、運命の関係を「建設」する。
それこそが、科学が支持する唯一の幸福への道である。
引用元
Joel, S., Eastwick, P. W., Allison, C. J., Arriaga, X. B., Baker, Z. G., Bar-Kalifa, E., ... & Wolf, S. (2020). Machine learning uncovers the most robust self-report predictors of relationship quality across 43 longitudinal couples studies. Proceedings of the National Academy of Sciences, 117(32), 19061-19071.
https://doi.org/10.1073/pnas.1917036117
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